大切なもの |
私は、内気な性格がネックとなり、入学してから5ヶ月経つのに、友達がいませんでした。今となっては、小説だけが私の心を満たすようになっていました。 しかし、そんな私に転機が訪れました。 残暑の残る九月、教室内に声が響いた。 その声は、夏休みの影響で緩んだ教室の雰囲気を一撃で粉砕した。 「今年の学園祭、うちのクラスは劇をやるわよ!」 教室のドアを開き、教卓に着くと同時に、声高らかに宣言した柳葉先生。クラス全員が静まり返った。私も机に伏していた顔を上げた。眼を丸くして鉛筆を落とした生徒もいた。 「あ、あの、先生、何の劇をやるんですか」 弱々しく質問した男子に向かって、自信満々の顔で答える。 「中世ヨーロッパを舞台にした華やかな恋愛モノよ、来週までに私が脚本を書くわ、ロミジュリを超えるくらいのやつね」 私はふと思った。柳葉先生って一体……。それにしても、劇って恋愛モノなのね、恋愛モノといえば、姫、かっこいい王子、お城でのダンス、そして最後には王子様との……。 私の頭の中はとてもメルヘンチックになっていたと思う。 授業終了後、劇の内容についてクラスの女子が教室の一角で輪を作っていた。私は、その討論に耳をそばだてながら、最近買ったホラー小説を読みふける。 「ねえねえ、恋愛モノって、王子様が必要よね」 「中世ヨーロッパが舞台よ、華やかなのよ、当たり前じゃない」 当たり前なのかな、心の中でつっこむ。 「ねえ、王子様ってもしかして」 「だよね、学級一、いえ学内一の美男子と誉れ高い鈴木君じゃない」 その瞬間、ガバッと立ち上がった女子がいた。その強気そうな表情は少なからず相手を圧倒する力があった。 「私がお姫様役になるわ、鈴木君とハッピーエンドになるのは私なんだから」 投球マシーンのように一方的に言い放ち、教室を出る。突然の出来事に教室は静寂に包まれた。 「あらら、すごい勢いだねえ」 緊張感の無い声で委員長が言う。 「で、結奈もお姫様候補なわけ」 そんな私も勢いよく立ち上がった一人だった。 私は、鈴木君が好き。絹ごし豆腐のような滑らかな肌。パッチリとした二重瞼に映える黒真珠のような瞳。シャープにしまった口元。風が吹くとたなびく少し癖のある髪質……思い出すだけでため息が出ちゃう。 そんな鈴木君とお近づきになれる機会が欲しかった。 「私も、お姫様役になりたいな」 私は、勇気を振り絞り、宣言した。 そして、委員長から肩をポンポン叩かれた。 「ダメかな」 「ううん、協力してあげるよ」 そう言って、私に微笑んでくれた。 下校途中、私は委員長と一緒に歩いていた。 「ねえ、委員長」 「やだねえ委員長なんて、夏海でいいよ」 「うん、ありがとう、でね、どうして、話しかけてくれたのかなって」 夏海ちゃんは少し顔を俯け、寂しげな表情を見せた。 「実は、結奈がいつも読んでいるホラー小説の作家、私のお父さんなんだ」 「ええっ、そうなんだ、すご――」 「でもね」 少し強い口調で私の言葉を遮る。 「最近、あまり売れ行きがよく無くて、元気が無いんだよ」 「そう、なんだ……」 私は気のきいた言葉を言うことができなかった。夏海ちゃんは今にも泣きそうな声になっていた。 「でもね、結奈がお父さんの小説を読んでいるのを見かけて、お父さんに教えてあげたんだ。そしたら、お父さんやる気になって、すごく頑張るようになったの。結奈のおかげで、私のお父さんは救われたんだよ」 手の甲で、潤ませていた瞳を拭い、少し崩れた笑顔がこぼれる。その顔はまだ赤かった。 「今度は、私が結奈の助けになりたい」 「夏海ちゃん……ありがとう、私きっとお姫様役になるね」 夕焼けの中、私たちはT字路の分岐点まで一緒に歩いた。なんだか夏海ちゃんが居てくれるだけで、なぜか私、安心した。 「甘い、甘いわ結奈、もう一度よ、時間がないのよ、鈴木君も王子様役になる気でいるみたいなのよ、そのこと忘れちゃダメだよ」 「王子様、一緒に踊ってください」 「甘い、まだ甘いわ」 あの日の翌日から、お姫様になるための夏海ちゃんとの合同猛特訓は始まった。 「ほら、もっとエキゾチックで、ファンタスティックかつ透き通るような声でかわいくもう一度」 夏海ちゃん、エキゾチックの意味分かって言っているのかなあと思いつつ、もう一度。 「王子様、一緒に踊ってください!」 あ、かなりエキゾチックだったかも。 「うん、バッチグー、初めのころとは雲泥の差よ、これならお姫様役のオーディションも大丈夫そうね、対抗できるわ」 「本当に、大丈夫かな」 「大丈夫だよ、自信持って、結奈の熱意はきっと柳葉先生にも伝わるはずだよ」 「うん、そうだよね!」 その日も、その翌日も、学校が閉まるギリギリの時間まで練習した。 時間は流れ、最後の特訓が終了した。 その日も、いつもの帰り道を夏海ちゃんと歩いていた。空はすっかり暗くなり、街明かりがポツポツと映えていた。 「ねえ、夏海ちゃん」 「どしたの」 ドキドキしてきた心臓を手で押さえ落ち着きながら言う。 「今日で特訓終わっちゃうけど……ずっと友達でいてくれるかな」 街灯に照らされた夏海ちゃんのキョトンとした顔が見えた。 「こら、そのコメントは無粋だぞ」 その人差し指がちょんと額をこずいた。 「そうだよね、アハハ」 私たちは、笑いながら歩き、別れ道のT字路につく。いつもと同じように、軽い挨拶を交わしそれぞれの帰路につく。 私は、家に帰る夏海ちゃんの背中をT字路から見送りながら私は誓う。 「夏海ちゃんの為にも、私の為にも明日は、絶対に」 誰にも聞こえない小さな声で、決意を硬くし、明日に備える。 ついにやってきた脚本完成日、その日は朝から劇の内容で溢れかえった教室。 お姫様は誰、王子様は鈴木君よね、どんな脚本が完成したのかな。など話題は様々、クラスは朝から騒がしかった。 扉が勢いよく開け放たれる。 「おはよう、みんな、脚本完成したよ!」 いつもハイテンション柳葉先生、それは今日も例外ではなかった。 「でもね、ちょっと手違いがあってね、変更があるの」 なんだか、私はすごく嫌な予感がした。 「やっぱ私には難しかった、脚本書けなかった!」 クラスがどよめきに包まれた。 「でも先生、脚本は完成したんですよね」 弱々しく質問した男子に向かって、自信満々の顔で答える。 「もちろんよ、みんなをビックリさせようと、内密に夏海ちゃんのお父さんに直接依頼したんだから」 その言葉に焦りを隠せない表情で立ち上がる生徒が一人、夏海ちゃんだ。 「えぇ、ちょっと先生、私聞いてませんよ」 その声は、ところどころ裏返っていた。 「だから、内密に依頼したの、ビックリしたでしょ」 その言葉を聞き、肩をガックリ落とし、呟く「嘘でしょ」と。 しかし、その反応と対象に、多くの生徒はプロの脚本を演技できることにワクワクしていた。 だけど、私は戸惑った、嫌な予感が抜けない。そういえば夏海ちゃんのお父さんって、確か……。 「あの、先生」 「どしたの、結奈ちゃん」 「変更のあったところってもしかして……えっと、ジャンルですか」 「あら、よく分かったわね、泣く子も黙るホラーになったわ」 クラス全体がひっくり返った瞬間だった。 結局、その劇にお姫様役は存在しませんでした。私は、幽霊のメイド役として活躍し、噂の鈴木君はドラキュラを演じていました。 鈴木君との距離は近づくことはなく、お姫様役の練習も無駄になってしまった。でも、私は悔しくなかった。もっと大切なもの、手に入れました。 私、大切な友達ができました。 |