ハンドメイド境界線 |
「お願い凪人君、今日の放課後なんだけど、勉強に付き合ってくれるかな」 と、同級生であり、クラスの中でも断トツ最下位の成績を誇る勉強のできない子、穂乃花に頼まれたのはおよそ一時間前。 どうやら、前回の中間テストの結果があまりにも芳しくなく、次の期末テストで赤点を取ると留年が確定するとのことで俺にお願いしにきたようだ。そこで自分も一肌脱ごうと決心し、クラスの中でもそこそこの成績をほこり、尚且つ小学校からの腐れ縁でもあった俺に勉強を教えてほしいとのことだった。 現在、穂乃花と机を向かい合わせにして放課後の教室で勉強中。 「じゃあ今まで教えてきたことを復習するぞ、まずは応仁の乱についてだ」 「……おーにんのらん?」 まさか忘れたとか言うんじゃないだろうな。三十分前に教えたはずだぞ。穂乃花の耳がチクワじゃないんだったら、これくらいの問題で音を上げるのは勘弁してくれよ。 そう思ってると。 「あ、思い出した。リチャード四世が起こしたあの戦争ね、私ピンポイントでそこだけ覚えてたみたい」 「日本にそんな王様チックな四世なんていねえよ!」 すばらしい間違いだ、せめてナントカ将軍って日本っぽく答えられるくらいにはレベルアップしてくれ。 「よっぽど赤点を取りたいみたいだな。いいか、今から言うことを頭に叩き込むんだ、でないと留年は確定だぞ」 声を荒げる俺。 分かってるのか分かってないのかよく分からない顔で首を縦に振る穂乃花。 「さっきも言ったが応仁の乱は、室町時代末期に起こった内乱なんだ。細川勝元、山名持豊等の有力大名が争った……」 「ねえねえ」 説明している俺の話をいきなり折る穂乃花。 「ついさっきから、ずっと気になってたことがあるんだ。多分それが原因で勉強に力が入らなかったんだと思う」 「何だ、言ってみろよ」 一呼吸おいてゆっくりと穂乃花の口が動く。 「石と岩の境界線ってどこだと思う、三十分位前から私ずっと考えてたんだけど分かんない」 「俺も知らねえよ! どうでもいいんだよそんなこと、だったら何か、科学の期末テストで『石と岩の違いについて述べよ』なんて問題が出ると思ってるのか?」 「凪人君なら知ってると思ったんだけどなー」 そう言って、口を尖らせてフグみたいに頬を膨らましてブーブー言う。 そんな顔しても知らないものは知らない。 そして思いついたように次の質問が飛んできた。 「じゃあ、岩石ってどれくらいの大きさかな? 石から岩になるちょうど真ん中の境界線上くらい?」 「知らん! どうでもいいんだよこんなこと」 どうやらよっぽど留年したいらしい、穂乃花とは本当に腐れ縁で友達だが、今回ばかりは無理かもな。正直、今回勉強してみて俺は穂乃花の進級を半ば諦め始めてる、頼まれて折角教えてやってるのに、真面目に勉強しないなんて無茶苦茶だ。 そんな無神経な穂乃花の態度に呆れ果て勉強を教えることを面倒になってきた。 そして、少しの沈黙が流れ、夕日が半分ほど沈む頃。 「俺、今日はそろそろ帰るわ」 勉強道具をカバンに入れ、席を立つ俺。 夕方の特有の赤い光に照らされる教室を背に、穂乃花一人を残したこの教室を出ようとした。 その時。 「友達と、恋人の境界線ってどこなんだろう」 足が止まった。突然背中から聞こえたその言葉に俺は体中がゾワッとした。 「私、ずっと考えてたんだ。その境界線ってどこなんだろうって」 さっきまで使ってた言葉、知らない、とは言えなかった。 だけど、このまま沈黙することも場の雰囲気が許してくれそうにもなさそうだ。 俺は振り返って、言葉を選ぶ。 「もうちょっとだけ勉強していくか?」 「うん!」 赤く染まる教室の中、夕日が沈み暗くなるまで勉強した。教科書を開いて問題を出し、時が過ぎるのを忘れてしまうほど楽しく勉強ができた。正直、こんなに楽しい勉強ができたのは初めてかもしれないと思った。 穂乃花は相変わらず飲み込みが遅く、なかなか覚えてはくれなかったが、それでも真剣に勉強に取り組む真剣なオーラと眼差しは俺にも確かに伝わってきた。 街灯がポツポツと道路を照らす道を俺ら二人で帰った。 「俺、さっきの穂乃花が言ってた言葉の答え、分かったかもしれない」 俺がそう言った瞬間、俺の手を握ってくる穂乃花。その手は俺の手のサイズでは小さく、そして仄かに暖かく、やわらかい感触だった。 「私は、これが答えだと思うな」 ニコニコと笑顔を振りまく穂乃花。 「今日、初めて答えが合ったな、正解」 |